水分過多系合コン
彼氏が欲しい。年収とかには一先ず目を瞑ってもいい。とにかく誰かと付き合いたい。
人恋しくて仕方が無いし、幸せそうなカップルを見かけるとつい舌打ちしてしまう癖も、いい加減卒業したいのだ。
「彼氏が欲しいのぉぉぉ!」
「アンタまたそんな用件で招集かけたの?」
「まぁよ予想はついてたよねー」
人恋しさが急加速する、仕事終わりのアフターファイブ。高校からの友達二人に招集をかけ居酒屋でくだを巻くのも、三〇歳の誕生日を目前控えた今、本気でまずいと感じつつある。
このままでは、彼氏ができるよりも先に友達に愛想を尽かされてしまいかねない。
「ハナとしきちゃんは独り身のままでいいの? 寂しくないの?」
「一人気楽だもーん」
「右に同じ」
「嘘でしょ……」
割り箸で唐揚げを掴もうとしているしきちゃんとは一応目が合うが、ハナはスマホに視線を固定している為、先程から全く目が合わない。
なんてことのないいつも通りのことなのに、今日はやたらと寂しさを煽られる。
体だけでなく、心もしっかり歳を重ねてしまった証拠だろうか。
「……あれ? 唐揚げは?」
少し目を離した隙に、配膳されて間もない筈の唐揚げは、どうやらしきちゃんに全て食べられてしまっていた。
「美味しかったよ。追加しよう」
「はいはい」
注文用のタブレットに手を伸ばしたかけた時、ハナの言葉が私の動きを止めた。
「泉、合コンしようか」
「え?」
「来週の水曜なんだけど空いてるよね? しきはー?」
「まぁ付き合ってもいいけど」
「え? 待ってハナ説明! いきなりすぎるって」
「でも行くでしょ?」
「行くけどぉ!」
「さっき要さんから連絡あってねー、四対四で合コンしよって」
「これ現実?」
「もっちろーん」
合コン会場が豊洲であること。服装の指定が【多少濡れてもいい格好】であること。私は、この時点でもっと疑い、確認するべきだったのだ。
「ここに彼氏になるかもしれないメンズが……!」
指定されたのは、豊洲の市場の中にある海鮮居酒屋。活気のある市場の中にある店とは思えない程、落ち着いた静かな雰囲気の、予想していたよりはずっと洒落た内装だった。
入り口からすぐの場所にある大きな水槽は、見えなかったことにする。
――こんなところで合コン開くってことは、もしかしてこの市場で働いてる人とか……? 競りに参加しない人とは付き合えない! とか言われたらどうしよ……。
一人頭を抱えていると、店員が近付いてきた。
「いらっしゃいませ。一名様でしょうか?」
「予約なんですけど」
「ご予約のお客様ですね。ご案内致します」
店員に案内されて向かった先は、店内の衝立で囲われたスペース。衝立に映る人影の数を見るに、恐らく自分が最後だろう。
「ごめんなさい遅れちゃっ……て……まだ男性陣来てないのかなぁ?」
衝立の向こうにいた人間は三人。ハナとしきちゃんに、声をかけてくれた要さん。
そして、テーブルを挟んだ反対側には、どう見ても海の生き物が入った水槽が四つあった。
「遅かったね泉ちゃん。君で最後だから座って座って」
「あ、えっと要さん……男性陣まだいないみたいですけど、遅刻ですか?」
「ん? いるじゃない」
「はい? どこにです?」
「そこ」
要さんは、当然のように目の前の水槽たちを指さした。どう見ても、そこにいるのは人間ではない。イカ、マグロ、ホタテ、エビだ。
それぞれの水槽の上にある液晶パネルは一体何なのだろうか。
――これってドッキリ? 私の誕生日が近いからサプライズパーティー開いてくれようとしてるとか?
しっくりくる応えが見つかったことで安心した私は、空いている椅子を席に着いた。目の前にはホタテ貝の水槽がある。
私が座ったことを確認し、要さんが場を仕切り始める。
「それじゃあ、全員揃ったことだし、適当に注文して自己紹介から始めましょうか。そちらの分はもう注文済みだから、皆好きに頼んじゃって」
前半は水槽に向けて、後半は私たちに向けて喋る要さん。このドッキリは一体いつネタばらしをしてくれるのだろうか。
「私は唐揚げとビールで」
「しきはブレないねー。あたしどうしようかなぁ……要さーん、イカリングとかエビフライってありですかぁ?」
「そうだなぁ……」
要さんが伺いを立てるように水槽に目をやると、エビの水槽に付いた液晶に文字が表示された。
「別にいいっすよ」
続いて、イカの水槽上部の液晶パネルに文字が出る。
「俺たちの親兄弟が調理されるわけじゃないんだ。気にしないでくれていいです」
「だそうだよ」
「やったー」
「いやちょっと待って!」
思わず立ち上がって叫んでしまった。状況が全く飲み込めない。
「これいつネタばらししてくれるんですか! もう十分ですから!」
「何の話してるの泉」
「急に立ち上がったりしてどうしたの泉ちゃん? 皆びっくりしてるよ」
ほら、と手で湿された先では、水槽の中の生き物たちが思い思いの動作で驚きを表現していた。液晶パネルはどれも、驚いた記号や顔文字などが踊っている。
「取りあえず座りなよ泉。ほら、店員さんも驚いてるから」
「あ、すみません……」
通りすがりの店員に頭を下げ、椅子にストンと座る。しかし、私の疑問は何も解決していない。
「何なんですかこの状況! 要さん! 男性陣はいつ来るんですか!」
「いつって……だからいるじゃない、そこに」
要さんは、やはり目の前の水槽達を指し示した。
「まだ飲み物来てないけど自己紹介タイムにしようか。今日の合コン相手のヤリイカさん、キハダマグロさん、ホタテガイさん、バナメイエビさんだよ」
「キハダさんてば身体超引き締まってるー」
「バナメイさん綺麗なグレーの殻お持ちなんですね」
「ホタテさんも美しい模様をお持ちで……味もきっと素晴らしいんでしょうね」
私以外の三人は、思い思いの感想を口にしている。先程からイカがこちらを見ている気がするのだが、これはもしかしなくても私にも感想を期待しているということだろうか。
誰も何も言っては来ないが、空気が圧をかけてきている。お前も早く感想を述べろと。
――イカに感想とかないんだけどぉ!
「……頭の尖り方、いかしてますね。イカだけに」
イカは少し墨を吐き、液晶パネルに、
「……あなたも、髪型いかしてますね」
と表示された。人生でイカに褒められる日が来るとは思わなかった。
「それじゃあこっちも自己紹介しないとね。要です」
「ハナですー」
「しきです」
「…………泉です」
こんな訳の分からない状況で、魚介類相手に名乗りたくない。しかし、主催者の要さんににらまれ、渋々名乗ることにした。
私が名乗り終えたところで、タイミング良く注文した飲み物や食べ物が運ばれてくる。
一緒に運ばれてきた魚介類の餌らしきものは、私たちの目の前に料理値と一緒に置かれていく。
「それじゃあカンパーイ」
要さんの声に合わせ、飲み物の入ったグラス同士を軽くぶつけて一口含む。興奮を抑えてくれる冷たさが、喉を通過し少しずつ胃袋へと落ちていく
。私が料理を取り分けようとトングを持つと、ハナが餌の入った皿を一つ持って立ち上がった。
私の方にも一つの皿を差し出してくる。
「ほら泉、これあげないとだよー」
「そんなもんハナがあげればいいじゃん」
「泉、彼氏欲しいんだよね? コミュニケーションとらないと誰も振り向いてくれないよー」
「私が欲しいの人間の彼氏だもん! 人間は水槽の中にいないもん!」
「我儘言っちゃ駄目だよー」
「そうだよ泉ちゃん。まさか帰る、とか……言ったりしないよね? ん?」
「……これは誰にあげればいいんですかぁ」
私に渡された餌は、イカのものだったらしい。促されるままにイカの水槽の前に立ち、餌を摘まみぽちゃぽちゃ落としてとしていく。
私をじっと見上げていたイカは、ゆっくりと墨を五回吐き出した。よく見れば、いびつながらもハートの形に見えなくもない。
「えっと……ヤリイ、カさん? これは一体……」
「わかってないね泉」
「しきちゃん分かるの?」
「墨吐き五回はア・イ・シ・テ・ルのサインでしょ」
「いやそんなわけなくないっ?」
その後、席替えも行った結果、私の前にはヤリイカの水槽があった。
初めは例え天変地異が起きようと受け入れることはできそうにないと思っていたこの状況だが、案外悪くなく、むしろいい雰囲気になってきている気さえする、
「ヤリイカさんって冬頃が旬なんですよね。水深一〇〇メートル以上の沖合にいらっしゃるって聞いたんですけど、どんな感じなんですか?」
「そうですね……とても静かなところですよ。泉さんも是非ご招待したいな」
「本当ですか? 約束ですよぉ……あ、ちょっとすみません」
ヤリイカさんと話していると、テーブルに置いていたスマホが振動した。画面には、チャットアプリの通知が表示されている。
『あたしキハダさんからおすすめのお寿司屋さんの連絡先ゲットしちゃいましたー!』
『私はバナメイさんお持ち帰り希望。明日は大きなエビフライ食べたい』
『私はホタテさんと進展できそうかな。泉ちゃんは?』
『私は……ヤリイカさんが気になってます』
『皆かぶってないみたいで良かった。じゃあもうじきお開きにするから、その後は自由解散ってことで』
どうやら、皆の目当ては見事にかぶらず、ライバルはいないようだ。しきちゃんは食欲丸出しだし、ハナも大分怪しい。寿司屋にキハダさんを持ち込んで解体してもらうつもりではないだろうか。
ヤリイカさんにそっと目を向ける。私と目が合った途端そっぽを向き、照れ隠しみたいに墨を吐き出す姿が無性に愛おしく感じる。
「ヤリイカさん、あの、」
声をかけようとしたところで、再びスマホに通知が届いた。母からだ。
『今日東京の方出てきてるんだけど、泉のところ泊めてくれない? 明日の朝ご飯作ってあげるから』
『いいよ。私今外にいるんだけど、何時頃来るの?』
『結構遅くなりそうなの。チェーン開けておいてくれれば合鍵で入るから、泉は先に寝てて』
『了解』
スマホをテーブルに戻し、ヤリイカさん西線を合わせる。
「ヤリイカ……さん。今日、うちに来ませか?」
ヤリイカさんは、墨を大きく吐き出し、水槽の中でくるくると回った。
解散後、水槽を安全に運ぶべくタクシーを呼び、キッチンまで運び入れる。
シンクに置いて、市場でもらってきた大きめの発泡スチロールを取り出した。
水槽を冷蔵庫に入れるわけにはいかないが、かと言ってこのまま出しっぱなしもよろしくないだろう。発泡スチロールに水を張り、水槽から取り出したヤリイカさんを慎重に移した。
「明日いろいろ揃えるから、今日はこの中で我慢してね。おやすみなさい」
ヤリイカさんは、墨を四回吐き出した。液晶パネルはないが、おやすみと言ってくれている気がする。
冷蔵庫に彼をしまい、着替えてベッドへと潜り込んだ。
「おはよう泉! ご飯できてるから起きなさい!」
「ん……おはよう……あれ、なんかいい匂いするね」
母の声がする。そういえば。昨日うちに泊まりに来ると言っていたし、なんなら朝食を作ってくれるとも言っていた。自分でやらなくても朝食ができているとは、なんとも最高の朝だ。
「泉あんな立派なイカどうしたの? あなた自分で捌けないでしょ」
「へ? 捌く? 何の話?」
「お母さんがやってあげたから、早く食べちゃいなさい」
お母さんがやってあげた。確かにそう聞こえた。嫌な予感が止まらない。
慌ててテーブルの上を確認すると、そこにはできたての朝ご飯が並んでいた。白米、味噌汁に……見覚えのあるサイズの焼きイカ。
「それにしても立派なイカね。あなた豊洲でも行って買ってきたの?」
「あ……あ……」
前言撤回。今日はなんとも最悪な朝だ。