片想いと書いて毒と読む
「一回だけならいいよ。ただし、わたしのこと絶対に好きにならないでね」
なんとなく立ち寄った、夏の終わりの夕方の浜辺。
何か嫌なことでもあったのか、一人でぼんやり海を見ていた女をナンパしたら、こんな返事が返ってきた。とりあえずは手を出してオーケーということだろう。
「おっけおっけ! じゃあとりあえず行こっかー」
振り返った視界に収まる、白い外壁の小さい城風建築物を指差しながら声を掛けた。
看板にある名前は『HOTEL ラブポーション』。
もっとはひねった名前は何かなかったのだろうか。
「もうちょっと言い方とか考えられないの? 直球過ぎて頭悪そう」
「ナンパに一回だけならとか返してきた人の台詞じゃなくない?」
隣に寝転がってぼんやり天井を見つめる女に、ボクは気になっていたことを尋ねた。
「ねー、絶対好きになるなってどういう意味? ボクたち相性悪くなかったと思うんだけど」
女は表情を険しくし、無言で起き上がると服を着始めた。
「いやちょっと待って待って! いいじゃん雑談くらい!」
「一回だけって言ったでしょ」
「それは守るって! でも好きになるなとか言ったのなんでかなって聞きたい! ……です」
向けられる視線がどんどん鋭利さを増していき、思わず語尾を敬語っぽくしてしまった。
まっすぐ目を合わせていられず上下左右に逃していると、大きなため息を吐きつつもベッドの端に腰掛けてくれる。まだ帰らないでいてくれるようだ。
「あなた、花吐き病って聞いたことは?」
「なにそれ。花は吐くもんじゃなくて見たり食べたりするもんでしょ?」
「症例なさ過ぎて創作病って思われてる奇病中の奇病。吐くんだよ。人間が口から花を」
「これ流れ的にお姉さんが花吐き病患者? もしかしてお姉さん西瓜とかの種とか出さずに飲み込んじゃうタイプ? 駄目だよせめてちゃんと噛み砕かないと」
「近い。離れて」
無意識のうちに彼女に近付き過ぎていたらしく、顔を手の平で強く押された。
一時間程度前は近いどころかゼロ距離で密着していたのに。
「あたしは花吐き病……だと思う。でも西瓜の種とか関係ないから」
曖昧な言い方だ。
花吐き病は確定診断とか取れないんだろうか。
「じゃあ何が関係してるの?」
「恋愛感情」
「…………れ?」
「例えば、あなたが、あたしに惚れたとする」
「あ、はい」
身体の相性がよく容姿も好み寄りだ。
彼女に言われた『絶対好きにならない』が守れるか怪しくなってきた。
ボクと自分自身を交互に指し示す、緑のマニキュアの塗られた指先は、季節も相まって蛍みたいだ。
「でもあたしは、あなたを、好きじゃない」
思ったよりも深く、心に言葉の尖先が入り込む。
「そうするとこんなことが起きる。あたしの夢の中にはあなたが出て来て、私に好きだの愛してるだの好き勝手に言ってくる。その言葉を聞く度に、あたしは嘔吐いて、口から見たことない花が沢山出てくる……苦しくて苦しくて起きたら、顔の横には夢の中と同じ花があるの! そっくりそのままっ!」
「悪夢じゃん」
「そうですけど?! ただの下心なら向けられても何も無いの。あたしの片思いとか、あたしも好きで両想いの場合も問題ないの。一方的に向けられる恋愛感情が悪いのっ!!」
これは酷い。
そんなことに自分がなったら、確かにあんな感じの発言も飛び出すだろう。
「その見たことない花? てなんなの? 押し花栞とかにしてフリマサイトとかにでも売れない感じ?」
「パステルピンク地に青紫の水玉が散ってる模様の花びら」
「うわぁ」
「昔何度も夢に出たヤツにイラつき過ぎてそいつのとこ行ったの。その花練り混んだクッキー食べさせたんだけど、あとでひったくりに買ったばっかのカメラ盗られたらしい」
「不幸になってんじゃーん」
『花吐き病(仮)』より『天然呪物精製機』の方があだ名はあっていそうだ。
それにしても、気になることがある。
「その時ってさ、どんくらいクッキー食べさせたの?」
「味が変っつって小さいの一枚しか漏れなかった」
「いや言い方」
小さいクッキー一枚でひったくり被害。
ならば例えば、もっと量の多い食べ物であったらば、もっと大きな不運が見込めるのではなかろうか。
「あのさーー……」
「おはよー! 今日もたくさん吐いてるね!」
「……死ねっ」
「ひどいこと言った! こんなに愛してるのにー片思いってつらいなぁ」
彼女はボクの家に住んでもらうことにした。
何でも売ってる今時のフリマサイトには、誰かを不幸にできる食品が売られていても誰も咎めないし、ちゃんと欲しがる客もいる。
ボクは彼女へ注いだ愛情の見返りとして花を受け取り、金に変え、彼女と二人での暮らしを手に入れた。
丁度前の彼女がいなくなってしまったばかりだったから、タイミングもとても良かった。
「その首輪キツかったよね……安易にお下がりはやっぱ良くなかったかも。ちゃんとサイズ合うやつに新調しよーね」
「……や……て…………、きき、たくない……!」
必死に睡眠欲に抗う姿も良かったけれど、花の為にも睡眠薬を盛った。寝顔を見るに、しっかり僕の夢を見ているようだ。
「花吐き病って、子供に遺伝するのかな? 子供に恋とかできるかな…まぁなるようになるよね」
サイズのあわない首輪を窮屈そうに嵌めている柔らかい首に、傍らに転がる花をそっと添えてやった。
本人は嫌っているけれど、とても似合っている。